東北関東大震災で被災した方々に対する教会指導者の記者会見
このたびの震災で被災をした方々に、末日聖徒イエス・キリスト教会は心からのお見舞いを伝えた。支援物資や赤十字社を通じた寄付金援助を教会は申し出ている。
扶助協会、モルモンの女性に指導者としての経験をする機会を提供する
3月17日は、アメリカでもっとも古く歴史ある女性の組織である扶助協会の創立を祝う日です。他の人々に仕える助けをするという当初の目的に加え、扶助協会は女性に指導者としての技術を含めた様々な技術を得る機会を提供しています。 今日の扶助協会はユタ州生まれのジュリー・B・ベック姉妹によって導かれています。彼女は9歳までの子供時代のほとんどを父親が伝道部長として奉仕していたブラジルで過ごしました。彼女はブリガム・ヤング大学の学位を持っています。彼女は現在国際的に教会の扶助教会を導き、教会教育委員会および教会教育機関、大学の信託委員会で奉仕しています。また、福祉委員会および教会教育基金の役員審議会の一員です。 ベック姉妹は二人の顧問により支えられています。第一顧問はエルサルバトル出身のシルビア・オールレッド姉妹です。彼女はアリゾナ大学、ブリガム・ヤング大学、エルサルバトルのフランシスコ・モラサン研究所に在籍し、数学と言語学を学びました。第二顧問のバーバラ・トンプソン姉妹は社会福祉の分野で修士号を持っています。ユタ州ヒューマンサービス部を退職したのち、虐待やネグレクトに苦しむ子供たちのための組織、クリスマスボックスインターナショナルの執行ディレクターとして奉仕しました。彼女は独身で子供はいません。 これら3人の女性が神権のもとに奉仕をしていますが、プログラムを計画し、実行する実際の権限は彼女たちにあります。女性はまた、子供たちのための初等教会のプログラムや、十代の女性のための若い女性のプログラムを、国際的なレベルから地元のレベルにいたるまで指揮します。加えて、女性にはほかの様々な召しが与えれられています。-無償の教会での奉仕です。日曜学校や活動、その他の必要な業において、女性たちは奉仕をしています。 扶助協会は成人女性全てを対象とした組織です。そこには奉仕と教育の包括的なプログラムが準備されています。日曜日には、聖文や教義、女性の役割を果たすことに関するレッスンが成人の女性向けに行われ、扶助協会の集会が行われています。 扶助協会はまた週日にもプログラムを行います。地元の各ワード、支部の補助組織がそれぞれの組織に必要と感じられる活動やクラブやレッスンを選びます。これは会員数によりさまざまな形で行われます。クラスはエスニッククッキング、クラフト、家庭修繕、子育て、外国語、コンピュータ技術、車のメンテナンス、ブログの書き方など様々です。これらの活動は全て女性により計画、実行されています。 もちろん扶助協会はその名の通り、教会内外で様々な奉仕活動をしています。末日聖徒の女性が互いに仕えあう奉仕の機会のひとつが家庭訪問です。各女性は同僚となる女性の割り当てを受け、二人組みになって、毎月数人の女性を訪問します。三人か四人の女性と会い、親しくなるにつれて互いの友情を増し加えていきます。訪問教師は、訪問先の姉妹に短い福音のメッセージを届け、訪問先の姉妹と親しくなります。その女性が何かを必要としていれば、まずは訪問教師が助けます。それから、ほかの必要な助けを求めてゆきます。訪問教師は訪問先の家族が病気であれば食事を届けます。また、非常事態のときには子供を迎えに行ったり、幼い子供の世話をしたり、そのほか必要なことをどんなことでも行います。このプログラムを通して、最近引越してきたばかりの姉妹がすぐに友達をつくれるようにします。高齢の姉妹たちはよく見守られており、解雇や大きな病気など、緊急な必要を要する姉妹がいることに気付いた場合はその旨が指導者に伝えられるようになっています。 教会の食糧プログラムを運営するのも扶助協会です。扶助協会の会長はある家族が緊急に食糧援助を必要とする場合、その家族の母親と会います。母親とともにその月の食糧の必要性について計画をし、フードバンクによく似た、ストアハウスと呼ばれる貯蔵庫へ行けるよう段取りを整えます。 扶助協会はまた、世界的に識字プログラムを運営しています。男性は文字を教える教師として奉仕し、女性はプログラムの運営に携わるように割り当てを受けています。識字の指導者たちは扶助協会会長会と協力し、識字を必要とする人々を把握し、プログラムを改善し、援助を与えられる教師を見つけます。読み書きに加え、プログラムは識字の別の側面、その国の母国語を会員に教えること(たとえば、アメリカで英語を第二言語としている人々を対象とする)を行っています。識字プログラムはコンピュータ技術、個人や家族の歴史を書き記すこと、親の世代にブログ等の方法を用いて記録の読者を増やす方法も教えることができます。 扶助協会のグループは世界的にも、地元のコミュニティにおいても奉仕活動を行っていることでよく知られています。 教会の人道支援プログラムへの支援物資を製作したり、地元のイベントにおいてボランティア活動を行ったり、地元の食糧貯蔵庫に食べ物を保存したりするなどの活動がそれです。 これらのさまざまなプロジェクトは女性を助けます。フルタイムで主婦として奉仕している女性でも指導者としての技術を伸ばす機会を得ることができます。彼女たちは集会や活動を進行したり、奉仕プロジェクトを遂行したり、教えたり、福音を説教したり、祈ったりするなかでそのような機会を得ます。女性は活発な信徒の中で主要な役割を持っており、地元レベルから国際的なレベルにいたるまで、いかなる教会の指導的地位においても、奉仕をしています。 ほとんどの教会の召しは自分から志願するというよりも割り当てを受けて行われるものですから、女性たちはしばしば、自分が安心と感じること以上の奉仕をしている場合があります。新しい技術を学んだり、それまで行ったこともなかったようなことを達成するためにそう感じる人がいるのです。人見知りな女性が、集会の司会をしたり、クラスを教えるようなことがあるかもしれません。教会で子供の世話をするのが一番好きと感じている人が、教会の人々に英語を教える方法をインターネットでさがすようなことがあるかもしれません。自分で何かを行うよりは誰かに従っていたいという性格の女性がプログラム全体の指揮を任されるかもしれません。たとえば、扶助協会の国際的組織の指導者であるバーバラ・トンプソン姉妹は、正装をして全世界の女性を指導するよりもジーンズをはいて衛生キットを手に人道支援奉仕に携わっているほうが居心地がいいと言っています。しかし彼女は自分の技術を向上させるために、困難なことも行ってきました。教会の様々な召しで奉仕する女性は、自分が想像していた以上に素晴らしい人になっていきます。その技術の多くは女性が家庭を離れ、職業に就くときがきてビジネスの世界に行っても、携えていくことができるものです。他にもそれぞれの女性の経験によって得られた技術が多くあり、それは神が彼女をどのようにとらえているか、つまり、女性の可能性は無限である-という視点を持つときの助けになります。
末日聖徒イエス・キリスト教会が真実だと知った理由
トッドによる個人的な反応から 「わたしは教会が真実であると知っています。」わたしはモルモン教会で育ち、このフレーズを何度も聞いて育ちました。毎年、毎日、何千もの教会員がこの言葉を語っています。わたしは高校生のとき、疑いを持つようになりました。他の人々が語っているような霊的な経験を自分はしていると感じられませんでした。わたしの家族や友人たちが経験したと語っていることを信じることが難しくなりました。わたしはモルモン教会がマイノリティであるテキサス南西部で育ちました。わたしは何としても友人たちに溶け込もうとしていたのを覚えています。しかし、ある日、周囲の友達と一緒にいるときに、誰も話しかけていないある生徒と友達になるようにという強い印象を感じました。その印象はどんどん強くなりました。もちろん、その気持ちを否定しようとしました。でも、”善いことを行うように,イエス・キリストを信じるように・・”という促しが御霊であると気付いてからは、、、それが神から出ていることを完全に理解してわきまえる・・(モロナイ7:16)ようになりました。そのとき初めて、何かが違うと感じました。今ははっきりとわかりますが、それは証を得ることの始まりでした。世に染まる生き方を無視してよりよいものを選ぶように促してくれた感情を決して忘れることはありません。そして、神がそこにおられたとわかりました。何年もかけて、わたしは人生に神の御手を見るようになりました。 説教壇や聖文から繰り返し教えられていた福音の原則をより理解するようになりました。わたしの人生は主によって見守られていると感じました。それに気付いてわたしはより幸せになりました。イエス・キリストのような生活をしようと努力するとき、人生の重荷は軽くなりました。わたしはやがて専任宣教師として奉仕する決意をしましたが、ミシシッピとルイジアナで福音を教えていたとき、わたしの見方は変わり始めました。生涯を通じて、教会に対する反対意見を何度となくきいていましたが、いつもそれらを重くうけとめないようにしてきました。反対意見に関する書籍を読んでみたこともありましたが、そこから得られたものはありませんでした。 ある日わたしは聖文の個人学習をしていました。わたしが14歳のころから疑問に感じていたある聖句にたどりつきました。その聖句は教義と聖約の中にあり、その聖句を解釈してみても理性的な感情にそぐうものではありませんでした。この箇所をほかの機関のパンフレットで読んだことはありませんでした。それは聖文の中にあったのです。わたしは当惑し始めました。その問題を解決できないまま、わたしは何度も何度も聖句を読みました。聖書とモルモン書、その他の書籍を研究してみましtが、それでも混乱し、恐れを感じました。この混乱のさなか、わたしはひざまづき、天におられる神に謙遜な祈りを捧げました。「答えを得られるまで、この場所から動きたくありません。」わたしは懇願しました。この瞬間ほど強く熱心な祈りを捧げたことはありませんでした。最初は何も起こりませんでした。その後、心を静かにし、答えを待ち、思いをめぐらせました。わたしはその聖句をもう一度読むべきだと感じました。読み始めると、主の御霊が共にあり、わたしはすぐに霊的な証で満たされました。その証は実際目に見えるもの以上に力強いものでした。その瞬間、私の恐れと怒りは消えていきました。光、栄光、真理がわたしを包み込むようでした。これほど人生が澄み切ったように感じたことはありませんでした。答えが来たのです!心が冷え切ってしまうような反対の感情も経験しましたが、わたしが初めて得た証は理由を言葉で説明できるものではありませんでした。わたしは宣教師として自分がしていることが正しいとわかりました。わたしはモルモン教会が真実であると知ったのです。 多くの人が苦しみ、求め、暗闇を感じていることを知っています。わたしが言えることは、「あきらめないでください。」ということです。前を見続けて、救い主を信頼してください。神が祈りに答えてくださるということを知っています。神はその子供たちに神の愛を感じてもらいたいと望んでおられます。神は生きておられます。
宣教師としての奉仕はわたしをどのように主にちかづけましたか。
ナタニエルの個人的な経験から 他の信仰をもつ友人たちから、なぜ私がモルモンの宣教師として生涯の若い時期を過ごす決断をしたのか、質問を受けることがあります。わたしは23歳で、高校時代の友人の多くは大學をすでに卒業していました。末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教会)の宣教師として伝道にでるという決意は、両親からの勧めによるものだったからだけではなく、伝道がわたしを主に近づけてくれるという確信があったから生じました。 末日聖徒の宣教師活動がどのようなものであるかはここでは詳しく言及しません。宣教師活動と宣教師に関する詳しい情報はLDS.orgからご覧いただけます。しかしながら、宣教師としての時期は素晴らしい人間的成長の時期でした。2003年から2005年の間、わたしはスリランカ、パキスタン、マレーシアに住み、末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教会)の代表者として各地へ赴きました。道端やバスの中で人々に話しかけることや、ドアをノックすること、人々の家庭で教えることに多くの時間を費やしました。毎週水曜日には家族に手紙や電子メールを書きましたが、他の日は私と同僚は外にいて人々に話しかけたり、ドアをノックしたり、教えたりしていました。 宣教師としての期間は霊的に洗練される期間でした。自国でゆったりと過ごすこともなく、わたしは自分自身ではなく、神にたよることを学びました。しかし、神を信頼することが難しいときもありました。インターネットや検索エンジンなどの便利なツールを使わずに、どうやって教える人を見つけたらよいでしょうか。経済的に自分自身十分自立していなかったようなわたしが、どのようにほかの人々の人生を変えるようなことができるでしょうか。これらの質問は、ほかの多くの質問同様、すべての答えをもっておられる御方-神に近づき、答えを求めるようにするしかありませんでした。 わたしはいつも神を信じていました。自分の信仰をいつも公にしていたわけではありませんが、それでも、私は神との個人的な交わりを持っていました。しかし、わたしの経験はわたしを十分に伝道に備えてくれるものではありませんでした。伝道を始めて最初の数週間、わたしが信じていたものが本当に真実かどうか、確信を得ることが難しい状態にありました。神を信じることと、自分の神に対する信仰を人に教えることはまったく別のことでした。最初の数週間、わたしは多くの質問を抱きましたが、それらの質問は消えてなくなることはありませんでした。神に対する真に強い信仰をはぐくむまで、数週間、数ヶ月かかり、多くの霊的な経験を必要としました。 これらの霊的な経験はいつも祈りを伴いました。鍵をなくしたときの経験を今も覚えています。同僚と私は夕食のアポイントから戻ってきたところで、鍵を出そうとポケットに手を入れたとき、鍵がそこにないことに気付いたのです。幸運なことに私の同僚が鍵を一式持っていましたから、家の中に入ることができました。しかし、熱心に探したのですが、自分の鍵を家の中に見つけることができませんでした。力なく、どうすることもできないと感じ、ひざまずき、それまでに自分が捧げたもっとも謙遜な祈りを捧げました。鍵を見つけることはできないと感じました。人力車にのっていたときにポケットから落ちたのかもしれません。夕食を食べたレストランに置き忘れたかもしれません。ラホネの街で鍵を見つけるのは到底不可能でした。奇跡にたよらなければそれはできないと感じました。 数分後、ドアベルが鳴りました。ドアを開けようと駆けつけた私の心は高鳴りました。わたしと同僚をアパートまで運んでくれた人力車の運転手がたっていました。運転手はわたしが鍵を失くしたかどうかとたずねました。わたしたちの後に乗った乗客が座席に残された鍵を見つけたとのことでした。わたしは、はい、と答え、何度も彼に心からのお礼をいいました。 奇跡を目の当たりにしたこのときの経験をわたしは何度も思い出します。わたしにとって、この夜の経験は神とわたしとの関係を大きく変える転機になりました。この経験は、神がわたしの祈りを聞いて、それに答えてくださったとしか考えられないからです。この経験から、神は真実であり、わたしと個人的な関係にあるとわかりました。また、わたしたちのことを気にかけておられることも学びました。神はわたしたちの祈りを聞き、それに答えてくださるということも学びました。わたしは神のことを父親のような存在として考えるようになりました。自分の父親に話しかけるかのように、神と心を通わせるようになりました。 その夜から、祈りは単なる習慣でなくなりました。コミュニケーションの手段になりました。祈るのが楽しみになりました。天父と話すために喜んでひざまずくようになりました。熱心に祈れば祈るほど、わたしは神を近く感じるようになりました。
人道支援について
モルモンが主体となっている水道浄化プロジェクト 約10億人もの人々が浄水を飲めずにいることをご存じでしたか。この深刻な問題は浄水がない地域の人々に健康被害をもたらしています。2002年より、モルモンは5000の地域で水道浄化プロジェクトを実施し、浄水を飲むことのできない人々の数を700万人まで削減しました。浄水を飲めるようになったことでコレラ、下痢、盲腸炎になる脅威が軽減されました。各地域の必要に応じて、プロジェクトには井戸を掘る、貯水タンクをつくる、水道システムを設置する、元からある水を浄化する方法を改善するなどが含まれます。教会の人道支援プログラムがほかの多くの団体のそれと異なる点は、目標のひとつに人々の自立を掲げていることです。様々な団体のなかには、地域に赴任し、プロジェクトを作成し、全て団体が運営をしている場合があります。その場合、団体はずっとその地域にとどまらなければなりません。モルモンはプロジェクトを実施し、その地を去れば、現地の人々が自分で運営をし、自立と自尊心を生み出すことを知っているのです。 700万の人々が浄水を得ることができずにいるシエラレオネでは、教会が主要な浄水プロジェクトを実施しています。紛争の際、多くの人々がその地を去り、現在、戻ってきているところです。しかしながら、現在人々は浄水を得るために長い距離を移動しなければなりません。教会は現在、井戸を建設しており、人々に使用方法を教えています。教会は、教会のプロジェクトチームがその地を去っても現地の人々自身で、発生する問題を解決していけるように、現地の人々を教えています。プロジェクトにより雇用がうみ出されることもあります。地域でかかる費用を削減するため、各プロジェクトが長く保持できるようにします。エチオピアでは、メチャボロドに教会が四つの貯水タンクを設置しました。教会は井戸と工事の費用を負担しました。井戸の使用が開始されると、地元の人々が水を入れる入れ物は水でいっぱいになりました。井戸のほとんどは地元の人々の労働と技術によりつくられました。システムを施工するために地元の業者が雇われました。地元の湧き水をパイプラインで貯水タンクとつなぎました。より効率よくするために、さらに多くのパイプラインの建設が進められています。僧院、病院、学校などを含む大きな設備にある蛇口に水を届けるため、Tメーターとパイプラインが開発されました。 一度水道局が建設されると、地元政府が委員会を設置し、運営にあたります。モルモンは地元の人々を訓練し、もし設備が正しく維持されれば、ポンプは10年ほどもちます。 アフリカのコンゴ共和国、ルパタでは、人々が水の問題に関して15年も祈り求めていましたが、モルモン教会の水道プロジェクトが祈りの答えになりました。人々は自分たちのプログラムを改善するための資金をつくることができずにいたのです。21万4000人の人々が住む村には、電気や冷蔵設備がなく、行政サービスや商業ビジネスもほとんどありません。男性は農民として家計を支え、女性は家事をしますが、一日二回、水をくむために1.6キロの道のりを歩かなければなりません。朝早く水をくみに行く女性はしばしばレイプ被害にあっています。彼女たちが運んできた水は家畜に分け与えられますが、汚れていて病原菌であふれています。しかし、それ以外に水を得る方法はありませんでした。汚染された水によりもたらされた病気のために、毎年何百人もの子供たちが命を落としていました。ルパタに住むモルモンのウィリー・ビネネは、電気がなくても暮らしていくことはできたが、きれいな水が得られないのは耐えがたかったと語りました。モルモンの浄水プロジェクトについて聞いた誰かが、教会から助けを得られるように祈り始めたのでした。モルモン教会は宣教師を派遣してプロジェクトの実施が可能かどうか、可能だとすればいつできるのかを調べています。地元の人々はおおいに喜びました。しかしながら、この遠い村に水を引くのは簡単なことではありません。モルモン教会は資金と訓練を提供することはできますが、実際のプロジェクトには工夫が必要です。水を通すパイプラインは30kmにわたって深いジャングルの中を通り、水圧は一定に保たれなければなりません。この堀をつくる部分には週6日働いて900日かかりました。堀は地元のボランティアによって作られたのです。ある男性は、作業は大変だったが、一緒に他の仲間たちと働いて充実していた、地元の人たちが使う水道だから自分たちの手で作業をするべきだと思った、と語りました。彼は水の汚れからくる病気のために過去に家族を亡くしており、浄水の重要性をよく知っていました。電気と工具が不足していたため、ボランティアたちがキンスハラという場所でつくられたパイプをルパタまで運び、そこから必要に応じて分配されていきました。ボランティアと、地元で雇われた臨時の労働者たちはやる気を保てるよう努力しました。もちろんシステムを維持するために人々を訓練する必要もありましたし、作業は電力の供給なしに行われました。非常に多くの人々が村に移り住み、モルモン教会に、湧き出る水の量を増やすよう要請しました。彼らとボランティア、地元の人々は約500メートルごとに80の水道を設置しました。これにより、人々が水を得るために歩く距離は驚くほど短くなりました。この作業のためにさらに60kmの堀をつくりました。このプロジェクトにより一時的に雇用を得た人々もいましたし、多くの人々にとって将来につながる職業技術を残しました。教会の指導のもとに、ほとんどの作業は地元の人々によって行われたので、水道をより身近に感じました。彼らは新鮮で清潔な水を飲むとき、自分たちが成し遂げたことを誇りに思いました。彼らは決して労働をいといませんでした。プロジェクトを実行するための資金を得られるようにと祈っただけで、誰かが自分のために働いてくれるように、とは祈りませんでした。このプロジェクトの概要は以下のステップにまとめられます。 ルパタの浄水プロジェクトには4つのステップが挙げられる。 1.4つの水道源が集められてひとつのコンテナボックスに入れられる。水が1秒ごとに21リットル流れ出て、1800立方メートル,479000ガロンの水が一日にでてくる。 2.パイプラインの溝は30km(19マイル)にわたってジャングルやサバンナの中をルピタまで、手で掘られた。そのパイプが通る4つの村に水を供給している。 3.水道が通る溝も手で掘られ、ルピタまで500メートルごとに水道が設置された。 4.水道局が設置された。水の流れは水道委員会の代表者によって分割・管理されている。 (Howard Collettによる”A prayer for clean water: New well brings new life to DR Congo”参照。) 末日聖徒のすべての慈善事業がそうであるように、浄水はそこに住んでいるモルモンだけでなく、地元の人々すべてに利益をもたらしました。モルモン教会のこの支部は宗教や改宗の問題なしに人々に奉仕しました。それは寄付金によってなされ、寄付金は100パーセント全て、実際のプロジェクトに使われました。管理運営上の費用は教会基金によってまかなわれました。
神が善であるなら、なぜ地獄を造られたのですか?
ジェームズ・ファルコナーさんからのお答え この質問への答えは、簡単です。つまり、神は地獄は造られませんでした。「地獄とは、神の愛から隔離されている状態」、或いは「私たちが罪を犯し神にそむいた時に私たちが作る状態のこと」を言うからです。 末日聖徒イエス・キリスト教会を設立した預言者ジョセフ・スミスは、次のように述べています。 「地獄に落ちるとはどういうこのなのか?それは神の戒めに従順でなかった者の社会に行くことだ。」(教会歴史、554) 神は御子イエス・キリストを通して、神の御許に戻る方法、つまり罪の状態から恵みと栄光の状態に私たちを回復してくださる方法を私たちに与えてくださいましたが、私たちの意志に反して強制的に御許に戻されることはなさいません。もし私たちが罪から離れるチャンスを与えられた時、罪に留まることを私たちが選んだら、そうさせてくださいます。別の言葉で言うと、神から放れて、地獄にいることを無理には止められないということです。 だけど、聖典は時々、「地獄」という言葉をある場所を指して使っていて、こういう場合の使い方では、この言葉はさまざまの意味合いをもっているんです。旧約聖書と新約聖書の中でヘブル語とギリシャ語の両方の言語で、「地獄」というのは単に「死者が住む場所」という意味で使われてます。その見方で言うと、時々この言葉は、「神の戒めに不従順な人が復活を待っている間にいる場所」という意味でモルモンは使っています。そういう人たちが悔い改めて神に立ち返るなら、それができるように、そこにいる間、彼らもイエス・キリストの福音を聞く機会があるんです。
モルモンは教育の必要性についてどのように見ているのですか?
ジェームズ・ファルコナーさんからのお答え 教会歴史の初期から末日聖徒(モルモン)は、教育に重点を置いてきました。教会が正式に設立された2年後の1832年、末日聖徒イエス・キリスト教会の最初の預言者ジョセフは次のように述べました。 「また、あなたがたに一つの戒めを与える。あなたがたは互いに王国の教義を教えあわなければならない。熱心に教えなさい。そうすれば、わたしの恵みがあなたがたに伴うであろう。それは、理論において、原則において、教義において、福音の律法において、あなたがたが理解する必要のある神の王国に関するすべてのことにおいて、あなたがたがさらに完全におしえられるためである。また、天のこと、地のこと、地の下のこと、かつてあったこと、現在あること、すぐにも必ず起こること、国内にあること、国外にあること、戦争と諸国民の混乱、地上にある裁き、国々と王国に関する知識についても同様である。」(教義と聖約88:77-79)
モルモンはジョセフ・スミスを崇拝しているのですか?
リチャード・ホルザップフェルさんからのお答え 末日聖徒イエス・キリスト教会の会員は、モーセ、イザヤ、エレミヤ、ペテロ、ヤコブ、パウロといった聖書の預言者と使徒たちを尊敬しています。また末日聖徒は、現代においても主は預言者や使徒を召しておられると信じています。神が選ばれた現代最初の預言者はジョセフ・スミス(1805-1844)です。 さらにモルモンは預言者や使徒に加えて、他のすべてのクリスチャンが信じているように「神は唯一であり、神と人との間の仲保者もただひとりであって、それは人なるキリスト・イエスである。」(1テモテ2:5)と信じています。ですから末日聖徒は、真実、真心から永遠の父なる神を、その御子イエス・キリストのみ名を通して礼拝しています。ですから誰であっても、その人が何か特別なことをしたとしても人を拝むことはしません。
モルモンが特別に祝う祝祭日は何ですか?
リチャード・ホルザップフェルさんからのお答え 末日聖徒は、西暦を使っています(1582年に確立されグレゴリオ暦としても知られている)。教会員は一般的にそれぞれ住んでいる国の祝祭日を祝っています。もちろん多くの人が祝っている誕生日や結婚記念日や家族や友人の間で祝う特別な日などに加えて、クリスマスや復活祭も祝います。でもこの二つの祭日は歴史上実際にイエス・キリストの誕生日や復活の正確な日ではないですけれど、このこれらの崇高な出来事を祝えることに感謝しています。それから教会歴史上重要な開拓者記念日として7月24日はユタ州では州の祝日になっていて、ブリガム・ヤングがソルトレーク盆地に到着した日を記念して、パレードやいろんな催しがあります。けれどこれは宗教的なお祭りではなく、ユタに州を建てた日として祝っているんですよ。 地域や国によって違いますが、ユタ州の教会では1829年5月13日の神権回復記念日、1830年4月6日の教会設立記念日、また1805年12月23日のジョセフ・スミス生誕記念日などが祭日ではありませんが、特別な日として考えられています。アロン神権がバプテスマのヨハネによって回復されたことの記念行事として教会で「お父さんと息子のキャンプ」とか特別な活動をすることが多いです。 それから教会員は年に二回、4月と10月の第一週に行われる年次総大会の土曜日と日曜日は、家族や友人で集まって教会幹部のお話を聞いたりします。最後に末日聖徒は、毎週日曜日(イスラエルでは土曜日、イスラム教国の幾つかは金曜日)を最も大切な主の安息日として、教会で日曜礼拝をしますが、これは週の第一日目に神によってイエス・キリストが復活なさったことを記念してイエスの復活後、礼拝の日が週の第一日目になったんです。安息日は教会員にとって、とても大切な聖なる日で、他の祝祭日とは異なって、地元の教会堂で神を礼拝する日、善を行う日、また安息日に適切な活動を通して家族と交わる日になっています。
真理を知ることはできますか?
カレン・マークリーさんからのお答え あなたは自力で真理を知ることができます。それは可能です。確実に知ることができるんです。この世に生まれてきた目的を知り、そのために生きることができるのです。 現在の世の中で、真理を知るのはやさしいことではありません。しかし不可能ではないのです。私たちは生まれながらにして真理を認識する能力を持っています。その知識は識別できるもので、実在する絶対的なものです。多くの人々が言うように、すべての知識は他のものと同じように社会的に構成されるものではなく、相対的な観念でもありません。真理は非常に大切なものです。真理は存在します。ですから、知性や心で真理を知りたいと思うなら、あなたは正しい方向に向いているのです。真理は私たち神の子らに御霊の声、つまり神の声によって与えられるものなのです。. 何が真理かを知りたいと思う時、その真理に関してできるだけ知ろうとして本を読んだり、考えたり、思いめぐらしたりして真理を探し求めますよね。そしてその努力をしている中で、私たちに理解を力を与えてくれるキリストの光によって教えを受けるのです。自分の能力を超える方法で考えや思いがつながる時、そしてそれが自分が理解できる言葉で、疑う余地もなくはっきりと、外から発せられた啓示によって与えられたことがわかる時、その明るい光が飛び込んでくるのがわかります。私たちが知ったことに基づいて行動することによって、私たちはさらなる光へと導かれるのです。 何かが真実かどうかを知りたいならば、そのことについてよく考えた後に、神に祈り求めてください。ひざまずいて、知りたいこと、読んだり学んだりしたことから自分がたどり着いた結論、そしてそのことが真実であると確認してくださるのか、またはそうではないと言われるのかを、御父と率直にお話ししてください。ジョセフ・スミスを通して私たちに与えられた近代の啓示である教義と聖約の中で、主はその規範を示しておられます。この聖文の中で主は、私たちが祈りによって主との会話をもつ時に、答えを与えてくださると言われました。もし私たちが尋ね求めていることが正しいことであるならば、主は「あなたの胸を内から燃やそう」といわれました。ということは、つまり主は心の中にそれが正しいという感じ、それを認識し、与えられた答えについて考えるときにますます大きくなる感じを与えてくださるのです。一方、求めていることが正しくないならば、「このような感じを少しも受け」ないで、それを忘れたり長く考えることができなくなると、主は言われています。こうして、自分が達した結論や考えが真実か偽りか、正しいか間違っているかを心と知性で知ることができるんです。(教義と聖約9:7-9参照) 私はこれが主の規範であることを証します。私自身、これを自分の生活に応用して、仕事や家庭において、また奉仕する時に、主の導きの御手を感じたことが何度もあります。主の導きや答えを喜んで受け入れる気持ちがあれば、自分の無能さを嘆く必要はないのです。主はその御心を私たちに知らしめることがおできになります。主は私たちの心をどのように動かしたらよいかをご存知なのです。はっきりと教えてくださるように求めるならば、そしてこのようなやり方に不慣れであることを謙遜に認めるならば、寛大に応えてくださいます。主は「あなたがたのうち、知恵に不足している者があれば、その人は、とがめもせずに惜しみなくすべての人に与える神に、願い求めるがよい。」(ヤコブ1: 5)と教えておられるのですから。 主の使徒であるダリン・H・オークス長老は、末日聖徒イエス・キリスト教会の第178回総大会で、真理を知ること、つまり個人の証を得ることについて具体的に話をしました。(以下を参照してください。) 追加資料: ダリン・H・オークス、2008年4月総大会での説教、「リアホナ」、2008年5月号、http://www.ldschurch.jp/Members_Liahona.phpを参照。
