モルモンは聖書を信じていますか?

リチャード・ホルザップフェルさんからのお答え

英語圏のユダヤ人と同じように、末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教会)の会員は、ヘブル語聖書(つまり旧約聖書のこと[注1])を神のみ言葉として受け入れていますよ。他のクリスチャンと同じように、もちろん新約聖書も神のみ言葉として受け入れてます。(日本では日本聖書協会が聖書を出版してますから、モルモン教会では日本聖書協会の出版している口語訳を教会では使ってますが、個人で勉強する時は、自分の好きな聖書協会の他の訳を使ってる人もいますね。もちろんモルモンは、旧約も新約も聖書を神のみ言葉として信じているんです(末日聖徒の「聖典」を参照。「信仰箇条」第八条を参照>]。)

ですけど、クリスチャンが旧約聖書を神のみ言葉が書かれた最後の記録だとは考えてないからこそ、時代がずっと後に書かれた新約聖書も旧約聖書に引き続いて「神との新しい聖約」という意味で旧約も新約の二つともを聖書として受け入れていますね。これと同じように、末日聖徒も新旧約聖書を神のみ言葉として受け入れ、同じ理由で神のみ言葉が書かれた最後の記録だとは考えてないんですよ。モルモンは、注意深く、祈りをもって聖書を読んで勉強して、そこから神様の教えの霊感を学び取るようにしています。だから、聖書は、教会の日曜学校のカリキュラムの常設コースの一部として重要な位置を占めているんです。それに、教会運営の大学では宗教必須科目として取り入れられてます。だからほとんどの末日聖徒は、人生で何回も聖書の学習コースを経験して、知識や証を養って、まじめに勉強すれば聖書は随分ボロボロになるぐらいですよ。

末日聖徒でも聖書研究においての有名大学の大学院レベルでの学位を取る人が随分増えてきてるんですよ。そういう研究者たちは、聖書文学協会(the Society of Biblical Literature)といった国際協会にも加入しています。ほとんどこういう人たちは学者の立場から聖書を読むんですけど、それでも聖書を学ぶ門弟であることには変わりはないですね。そういう人たちも平会員と一緒に、末日聖徒やその他のいわば「本の中の本」である聖書を大切に思っている人たちの為に、この聖書に関しての言語学的、文化的、歴史的或いは文学的観点から注釈書とか研究書を出版しています。

だけど、勉強する上で教会が主に焦点は、イエス・キリストを通しての聖約と贖いを核とするテーマに中心を置いていることす。彼らの個人的、あるいは教会での聖典学習では、教会員は、聖書をどのように生活の中に応用するかって言うことで、例えば結婚生活とか、親としての責任とか、全能の神と自分の関係を築いて維持することとかですね。人生で何かに苦しんでる時とか、人生穏やかじゃない時とか、死に直面した時、末日聖徒は聖書のみ言葉から安らぎを見出します。それから最後に、モルモンは聖書をただ信じてるだけじゃなくて、その教えを通して生活しようとがんばって、聖書を読んでもっと神様と神様の目的について知ろうと努力しているんです。

[注1]旧約聖書は元は、ヘブル語で書かれていたんです。(ダニエル書はヘブル語に関連の深く、ヘブル語と同じアルファベットを使ってるアラム語でバビロンとかパレスチナに住んでいるユダヤ人が採用した言語で書かれていました。)そしてユダヤ人が地中海東部の盆地へ拡散して来た時期、それに伴ってギリシャ語で旧約聖書を作る必要も増加してきました。そこで「70人訳」として有名なギリシャ語訳の旧約聖書が紀元前3世紀から1世紀あたりに出来上がったわけです。一方、新約聖書はギリシャ語で書かれていましたから、「70人訳」のギリシャ語旧約聖書を新約聖書が引用するのは自然の成り行きだったんです。ラテン語が学問のついた人の間の主要言語になったのは紀元4世紀の半ばで、聖ジェロム(St.Jerome)が西方教会で使うためにラテン語に翻訳しました。

This entry was posted on 金曜日, 3月 28th, 2008 at 7:54 pm and is filed under Array. You can follow any responses to this entry through the /feed feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

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