Archive for the ‘現代の聖典’ Category

神が善であるなら、なぜ地獄を造られたのですか?

金曜日, 6 月 6th, 2008



ジェームズ・ファルコナーさんからのお答え

この質問への答えは、簡単です。つまり、神は地獄は造られませんでした。「地獄とは、神の愛から隔離されている状態」、或いは「私たちが罪を犯し神にそむいた時に私たちが作る状態のこと」を言うからです。

末日聖徒イエス・キリスト教会を設立した預言者ジョセフ・スミスは、次のように述べています。

「地獄に落ちるとはどういうこのなのか?それは神の戒めに従順でなかった者の社会に行くことだ。」(教会歴史、554)

神は御子イエス・キリストを通して、神の御許に戻る方法、つまり罪の状態から恵みと栄光の状態に私たちを回復してくださる方法を私たちに与えてくださいましたが、私たちの意志に反して強制的に御許に戻されることはなさいません。もし私たちが罪から離れるチャンスを与えられた時、罪に留まることを私たちが選んだら、そうさせてくださいます。別の言葉で言うと、神から放れて、地獄にいることを無理には止められないということです。

だけど、聖典は時々、「地獄」という言葉をある場所を指して使っていて、こういう場合の使い方では、この言葉はさまざまの意味合いをもっているんです。旧約聖書と新約聖書の中でヘブル語とギリシャ語の両方の言語で、「地獄」というのは単に「死者が住む場所」という意味で使われてます。その見方で言うと、時々この言葉は、「神の戒めに不従順な人が復活を待っている間にいる場所」という意味でモルモンは使っています。そういう人たちが悔い改めて神に立ち返るなら、それができるように、そこにいる間、彼らもイエス・キリストの福音を聞く機会があるんです。

復活の後、ほんのわずかの人以外すべての人類は、報いと栄光の状態に住むようになりますが、皆が神のみ前に住むことはできる訳じゃないです。教義と聖約76章には、復活後の幾つかの栄光の王国の状態が説明されています。(「教義と聖約」、「聖書」、「モルモン書」、「高価な真珠」は、末日聖徒イエス・キリスト教会の正典です。モルモンウィキの「聖典」と「日、月、星の栄えの王国」も参照。)イエス・キリストを通しての救いを受け入れなかったので神のみ前に住めない人々は、苦痛や苦難からは解き放たれますが、神から分離します。その神から離れているという意味で地獄という言葉が使われるのですが、罰を受けるという意味じゃないんです。

最後に、「地獄」という言葉は、「聖霊に対する赦されない罪」を犯した本当に極わずかの人の置かれる究極の状態を指しています(マタイ12:31)。「それは、彼らが聖なる御霊を受けた後にそれを否定したため、また御父の独り子を否定したため、また独り子を自ら十字架につけて公に辱めたためである。」(教義と聖約769:35-36)と書かれている通りです。でも、私たちはこの状態も神が罰として宣言されたり神によってその人に加えられた状態だとは考えていません。むしろそれは、「罪の意識による自責の状態」だということです。ジョセフ・スミスは、「人は自らを苦しめる者であり、自らを罪に定める者だ。それゆえに、“彼らは火と硫黄で燃える池に入る”と言われるのだ。この人の心が失望の責め苦を味わうことは、火と硫黄で燃える池のように、強烈な苦痛だからだ。」と言いました。(ジョセフ・スミスの教え、357、モルモンウィキ「外の暗闇」と「地獄」も参照。)

「地獄」という言葉は、異なる内容で異なった意味を持っています。でも、どの意味でも、何か神が造られたものではなくて、私たちの不従順によって自ら作り出す状態のことなんです。

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「教義と聖約」とは何ですか?

土曜日, 3 月 29th, 2008

リチャード・ホルザップフェルさんからのお答え

末日聖徒イエス・キリスト教会の会員(教会員はモルモンまたは末日聖徒と呼ばれている)は、他のクリスチャン同様、旧約と新約聖書の両方を聖典として受け入れています。聖書に加えて、末日聖徒は「モルモン書」、「教義と聖約」、「高価な真珠」も正典として教会の標準聖典と考えています。「教義と聖約」が最初に出版されたのは1835年のことで、個々独立した合計138章の文書から成っています。これは時代順に編集されていて、1823年に始まって、1918年に及びます。これに加えて1890年と1978年に発表された教会の新しい方針が「公式宣言」として収録されていて、ジョセフ・スミス(1805年から44年)と彼を継承した教会大管長を通して与えられた啓示とかその他の霊感を受けた文書からの選集です。

聖書が章と節に分かれているように、「教義と聖約」も章と節に分かれています。「教義と聖約」のほとんどは、新約聖書のパウロの書簡のように、その時と文化に特定した教義を扱っているんです。だけど、教会員は、「教義と聖約」には、現代の生活で私たちの神への信仰を強めたり、自分たちの生活の中で主のみ心を成し遂げることを促すインスピレーションになる一般的な原則も含んでいます。

「教義と聖約」は人生の目的とか神ご自身についての現代の弟子の見識を与える教義的教えも書かれているんですよ。たとえば、「神の栄光は英知である。言い換えれば、光と真理である。」(教義と聖約93:36)、「創生の前に天において定められた不変の律法があり、すべての祝福はこれに基づいている。すなわち、神から祝福を受けるときは、それが基づく律法に従うことによるのである。」(教義と聖約130:20-21)

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「高価な真珠」という本はどんな本ですか?

月曜日, 3 月 24th, 2008

リチャード・ホルザップフェルさんからのお答え

末日聖徒は他のクリスチャンのように旧約・新約聖書を神のみ言葉である聖典だと信じています。聖書に加えて、イエス・キリスト教会は、「モルモン書」、「教義と聖約」、そして「高価な真珠」も教会の標準聖典、つまり正典として受け入れ、これらも神のみ言葉だと信じています。

「高価な真珠」という題名は、聖書に書かれているイエスさまのたとえ話(マタイ13:44-46参照)から取られているんですよ。ジョセフ・スミス(1805年-1844年)の死後に編纂されて、現在の版には幾つかの霊感に満ちたいろんな文書が入っています。「モーセ書」と「ジョセフ・スミス-マタイ」として知られているジョセフ・スミス翻訳の「創世記」と「マタイ」、「アブラハム書」として知られているジョセフ・スミスが古代エジプトのパピルス紙から翻訳した文書、さらにジョセフ・スミスが1838年に執筆した教会歴史、同じくジョセフ・スミスが1842年に執筆した末日聖徒の中心的信条を13条に成文化した「信仰箇条」などです。

「高価な真珠」は、苦難の存在、邪悪と死、人間の煩悩、そしてイエス・キリストによる救いといった人間が存在する限り誰もが持つ疑問について説いています。この他、この神聖な書物では、アダム、エバ、エノク、モーセアブラハムの生涯と教えも書かれているんです。それから「高価な真珠」には、ジョセフ・スミス個人の経験を簡潔に書いた「最初の示現」(1830年)、「天使モロナイの訪れ」(1823年)、「モルモン書の出現」(1827-1829年)、アロン神権の回復(1829年)といった歴史も載っています。最後に、父なる神とその御子イエス・キリストと聖霊の証とイエス・キリストの贖いの死の中心的役割といったモルモンの信条の中核を著した「信仰箇条」が掲載されています。こういった人類の初めから19世紀に及ぶ歴史の中での聖なる出来事を網羅しているんです。ですからまさしく「高価な真珠」という題名にふさわしい内容なんですよ。

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