モルモン教会はテキサスの一夫多妻宗派と関係がありますか?

2008年4月15日 by · コメントする
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カレン・マークリーさんからのお答え モルモン、または末日聖徒イエス・キリスト教会の会員は、最近アメリカ国内や海外のメディアが盛んに報道しているテキサスの一夫多妻宗派とは、全く何の関係もありません。断固として申し上げますが、現在一夫多妻制を実行している人々はモルモンではありません。そのような人々は原理主義者、または今日の救い主の教えに反する他の宗教団体の会員で、イエス・キリスト教会とは全く関係のない人々です。これはテキサスの一夫多妻宗派にしても他のアメリカ西部や世界の各地に存在する分派にしても同じことです。 末日聖徒イエス・キリスト教会の広報担当者マイク・オッターソン氏が述べているように、過去にもこのような違いを明確にしました。そしてメディアや事実を知りたいと思うすべての方々に、真実の教義と世界中のモルモンが何を実施しているかを、お伝えしたいのです。 従って、メディアと一般の方々にお願いいたします。どうぞ現在一夫多妻制を実施している人々について述べる場合には、「モルモン」と「一夫多妻」、そして「ファンダメンタリスト(原理主義者)」という言葉を切り離して使っていただきたいのです。これは私たちの信条と法律の両方にとっての違反行為ですから。 現代の私たちに与えられた救い主の教えには、男と女との間の一夫一婦の結婚が含まれています。また同性愛を克服したいと望む人々へのフェローシップの手を差し伸べるものの、同性間結婚にも反対しています。 その他の資料: 末日聖徒イエス・キリスト教会広報担当マイク・オッターソンの ビデオクリップ (英語)[http://youtube.com/watch?v=9OqdOM9udv4]をご覧ください。

モルモンは女性の役割をどう考えているのでしょう?

2008年4月11日 by · コメントする
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モルモンは女性の役割をどう考えているのでしょう?

カレン・R・マークリーさんからのお答え モルモンの女性は主の御業、家族、地域社会、世界において、重要な役割を果たします。初期の末日聖徒イエス・キリスト教会の大管長、ブリガム・ヤングは次のように述べています: 私たちが実に真実だと信じていることがあります。それは女性は相手の男性の誇りだということです. … 母親や姉妹たちに任されている義務や責任、そしてその及ぼす影響についてよく考えてみると、彼らは私たちが地上に存在するための原動力であり魂となる人々だと思います。男が最初に創られたのは確かです、… けれども母なるエバが創られると、エバは[父なるアダム]に大きな感化力をもっていました… (Discourses of Brigham Young(ブリガム・ヤング説教集)、ジョン・A・ウィッツォー選 [1954年]、199). 女性は、教会内で子供のための初等協会、若人のための若い女性、そして成人女性のための扶助協会の地元、地域、あるいは全世界の組織で、会長やその顧問として奉仕します。このような女性たちは評議会の中で、神権者の兄弟たちと共同で、問題を特定してそれを解決し、奉仕する教会員のための様々なニーズに応える努力をします。教会の集会で祈り、神殿での儀式に参加し、王国を築くためのあらゆる価値ある業に参加します。モルモンの女性は家庭において、聖なる召しを受けた母親として子供たちを導き、教え、養います。また地域社会における奉仕を通して世の人々を教化します。教会での女性の役割に対する誤解は、自身を知らない人々や家長制度は事実上女性を押さえつけることだと主張する人々が引き起こしたものです。これは誤った考え方です。威圧的な制度は(それが父長制または母権制であっても)人々を押さえつけるものですが、このような制度はイエス・キリストの福音の教義には存在しません。男子家長制は権力の不正な乱用とは同義語ではありません。男女平等に力を出すために組織化された聖なる規範なのです。

モルモンは神会についてどう信じているんですか?

2008年4月7日 by · コメントする
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神会を構成する御三方は一つの目的を持っておられますが、永遠の父なる神、御子であり私たちの贖い主イエス・キリスト、そして聖霊の3人の別個の方々です。このような神会に対する概念は、古代ならびに近代の啓示、そして1820年に天父と御子がジョセフ・スミスに姿を現されたというモルモンの信仰に基づいています。 カレン・マークリーさんからのお答え 3人の別個のお方 よくお尋ねくださいました。私自身、モルモン(末日聖徒イエス・キリスト教会の会員)になる前、このことを知りたいと思っていました。アタナシウス信経(アタナシウス信条)を唱えるたびに、三人一体の神という考え方が納得できなくて頭を掻いていました。どうしても、理解できなかったんです。でも知りたかったんです。とうとう最後に神に尋ねてみようと心に決めました。ロンドンのホテルの部屋の真ん中で、すべてを中断して、ひざまずいて、どうぞ神会についての混乱を拭い去ってくださいとお祈りしました。祈っていると、すぐさま電気がついたような気がしました。御霊を通してメッセージを受けたんです。それはこうでした、「簡単なことさ、私はお前の父だ、イエスは私の息子、聖霊は私たち二人についての証言をするのだ。」 私は新しいメガネをかけがような気持ちで、立ち上がりました。神とイエス・キリストと聖霊は別々のお方であることを知ったのです。後で、こういう考え方のみならず、神とイエス・キリストと私との関係についての混じりけのない完全な真理が、末日聖徒イエス・キリスト教会で実際に教えられていることを知ったんです。 神は存在するのでしょうか? あなたは一体神が存在するのかしらと思っているかもしれません。もしそうなら、私も一時はそうだったんです。神が生きておられるのかどうかわからない時期がありました。孤独で、自分の目的は何だろうと感じていました。自分が存在している目的や心に深く抱いている疑問の答えを得ることはないのだろうかと、絶望感を持った時があったんです。これらの答えが得られないまま、生きようとする意欲は薄らいでいきました。世間は冷たく、無意味に見えました。あなたも同じように感じているかもしれません。自分がなぜ地上に生きているのかを知らなければ、どうして毎日を生き続けることができるだろうかと思っていました。 謎を解く鍵を持っていなかった私は、ベッドの上に座って、睡眠薬のビンを見つめていました。その時、驚くことが起きたんです。愛深い天父が今だからそれが御霊だとわかるものによって、やさしく深遠な印象を心に授けてくださったんですね。「これまでの人生に愛と発見があったことは、無駄ではなかった、そして行き続ける勇気を持たなければならない」という心温まるささやきを受けました。また、人生の目的を見つけることができると、実際、霊が約束してくれたんですよ。私の魂のスクリーンに現れたこれらのことを完全には理解できませんでしたけど、でも、確信をもって私が受けた印象を受け入れることができました。 それからの数ヶ月間、私は自分の人生について深く考えていました。ある日、満月の美しい月の光の中、自宅付近をジョギングしていました。すると、真理の注入を受けたとでも言いましょうか、神が生きておられるという驚くべき、すばらしい証を得たんです。私は歩道の縁石に腰掛けて、喜びの涙にむせんだのを覚えています。その時私は一瞬にして変わりました。愛されていると感じ、今まで感じたこともなかった、人を愛したいという強い気持ちを感じました。ついに、私は人生の目的を持つことができたのです。それは言葉には表わすことができないほどすばらしいことでした。あなたも、自分で神が生きておられると知ることができますよ。 それから私は、神について、神が私のためにどんな計画を持っておられるのか、神や他の人たちに対して私はどんな責任や義務を持っているのかを、もっと知りたいと切望しました。この話の続きは、このビデオクリップ.をご覧ください。 関連する聖句 使徒17: 29: この聖句には、私たちは父なる神の子孫であると断言しています。 教義と聖約130: 3 主ご自身が神会のお三方が別々であることを証し、お三方が人の心の中に住まわれるという考えは誤りであると言われました。 ヨハネ14:23 御父と御子はその言葉を守った人々を愛し、その人のところへ行くと約束されています。 モーセ1:3-6, 39 神の目的は、私たちに幸福と永遠の命をもたらすことです。 マタイ3:13-17 イエスがバプテスマを受けられたとき、神会の一人一人のお方が別々に現れています。 ヨハネ14:6-10 御子イエス・キリストに従うことで、御父を知ることができます。お二人は別々のお方です。 使徒7:55-56 ステパノは聖霊に満たされて、イエスが神の右に立っておられるのを見ました。 2ニーファイ31:18 この聖句は聖霊の役割を明記し、その役割は御父と御子の役割とは異なっていることを区別しています。 教義と聖約76:20-24 ジョセフ・スミスは御父の右に御子を見たことを証言しています。 その他の資料 末日聖徒イエス・キリスト教会の公式サイト:www.mormon.org and www.lds.org. “What Do Latter-day Saints Believe about the Godhead?” 末日聖徒に関するよくある質問ウェブサイト、BYU Studies 記事: • 「神権に関する知識を喜びとする」 「リアホナ」、2005年2月号、25 または「Ensign(英文)」、2005年2月号、65 私たちは神会の本質について何を知っているのでしょうか?神会について知ることで、私たちはどのようにお三方に近づけるのでしょうか? • 「御父と御子と聖霊」 ゴードン・B・ヒンクレー「リアホナ」、1998年3月号、2-9;または「Ensign(英文)」、1998年3月号、2-7) 御父と御子と聖霊の間には完全な一致があるために、このお三方は一つの神聖な神会として結ばれているのです • 「Apostasy and Restoration(背教と回復)」 ダリン・H・オークス、「Ensign(英文)」、1995年5月号、84-87 ほかのキリスト教宗派と同じように、私たちは御父と御子、聖霊から成る神会を信じています。しかしながら、神会のこれらお三方は三人の別個のお方であることを証しします。 • 「Fruits of the Restored Gospel of Jesus Christ(イエス・キリストの回復された福音の実)」 ジョセフ・B・ワースリン、「Ensign(英文)」 1991年11月号、15-17 [福音の]顕著な原則の一つは、神会の特質に関する真の概念です。 • 「Touchstone of Truth(真実の目安)」 ジョン・H・バンデンバーグ、 「Ensign(英文)」、1974年5月号、11-13イエスは神なる御父、神なる御子、神なる聖霊の本性、すなわち形も本質も別個のお方であられるお三方について教えられたことは疑う余地はありません。

なぜモルモンは「聖会」を開くのですか?

2008年4月4日 by · コメントする
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なぜモルモンは「聖会」を開くのですか?

リチャード・ホルザップフェルさんからのお答え 末日聖徒は現在でも、旧約聖書に由来する「聖会」として知られている特別な集会を開きます。でも他のクリスチャンも「聖会」と呼ぶにふさわしい集会をしていますよ。それは、聖書の中にちゃんと書かれているからなんです。でもモルモンが「聖会」を開く理由は、ただ古代の聖典にそう書かれているからそうしているんではなくて、主から戒められたからなんです(教義と聖約88:70を参照してください)。 教会最初の大管長だったジョセフ・スミスは1836年3月27日、米国オハイオ州のカートランドに最初に建てられたモルモンの神殿の献堂式で、「聖会」を開くようにという主からの導きを受けました。この特別な集会が開かれる時、教会幹部はその召されている職に対して教会員の支持を受けます。神殿が献堂される時に、こういう特別な集会を持つという習慣と同じように、教会では新しい預言者を支持するために聖会を持つ習慣が続いているんですよ(教会の総大会がこの聖会に相当します)。後には、教会の指導者が教会員に特別な指導を与えたい時にも聖会が開かれるようになりました。 現代では、教会員は教会指導者の指示に従って聖会に出席します。こうした特別な機会に招かれて主のみ前に教会員が皆集まって、聖会に出席する教会員のただ中に主がいらっしゃるんだということを思い出させることにも役立ってるんですよ。

モルモンは苦悩や悲しみをどのように考えているのですか?

2008年4月3日 by · コメントする
Filed under: イエス・キリスト, 信仰, 恵み, 逆境 
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青だけの信号なんてどこにもないし、パンがいつまでたっても焼きたてということもない。タイヤはパンクするし、請求書は山となるし、人は病気もすれば、どんなに若くても死んでしまうことさえある。人は暗中模索して苦しみにあがく。飢えに見舞われることさえある。戦争はいつまでたっても終わらない。 悲痛は人生につき物です。この死すべき世で人が成長するためにすべての物事には反対がのものがなければらなないという、モルモンの人生観は、預言者を通して主が明らかにされたことです(第二ニーファイ2:11)。けれども試練による悲しみは、イエス・キリストの贖いの力を通して取り去ることができます。モルモンは、救い主が死なれたのは、私たちの罪を代価を払う為だけでなく、ご自分の身に私たちの悲しみ、悲痛、弱さを引き受けて、希望と慰めをあたえてくださることを信じています。(アルマ書7:11-12)

モルモンの神殿とは何ですか、参入することで何が得られるのですか?

2008年4月2日 by · コメントする
Filed under: モルモンの神殿 
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モルモンの神殿とは何ですか、参入することで何が得られるのですか?

末日聖徒イエス・キリスト教会の神殿とは、主イエス・キリストの宮として奉献された建物を言います。神殿の中では救いと永遠の生命に必要な聖なる儀式が執り行われます。それは神聖な建物であり、平安の場、世事からの避所(さけどころ)であり、主のみたまが宿り、主に仕えることによって得られる力を身にまとい、教えを受け、さらには自らとすでに世を去った先祖のために聖約をしてそれを守る場所なのです。 アンドルー・C・スキナーさんからのお答え 末日聖徒またはモルモンの神殿は、神の王国における完全な救い(昇栄とも呼ばれます)に関する神聖な儀式が執り行われる聖なる建物です。末日聖徒は人の命はこの世の後も続き、すべての男女は神が定められた救いの儀式に参画する資格を持ち、参画すべきであると信じているために、自分の救いのための儀式を受けた教会員は、できるだけ頻繁に神殿に参入し、すでに世を去った先祖のためにも身代わりとして儀式を受けるように勧められています。 神はいつの時代であっても常にその民に神殿を建てるようにと命じられてこられたので、末日聖徒はずっと神殿を建てることを最優先してきました。(教義と聖約 124:39参照) ですから、末日聖徒は自分たちが建てる神殿と、古代のイスラエルの民やユダヤ人が建てた神殿との関連性と継続性を感じてきたのです(ソロモンのゼルバベルの神殿やヘロデの神殿)。1830年に、末日聖徒イエス・キリスト教会が正式に組織されてから最初に建てられたのは、オハイオ州カートランド神殿で(教義と聖約109参照)、1836年に奉献されました。 末日聖徒は権限を受けて奉献された神殿は、文字通り主の宮または主の家となり、主が地上に実際においでになって住まわれる場所だと信じています。ですから、エゼキエル書44:9に記されているように、今日の末日聖徒にも、古代イスラエルの人々が神聖な建物に入るときに求められていたのと同じ汚れのなさと神聖さが求められています。神殿は、週日に行われる集会や安息日の礼拝などが開かれる教会堂とは異なっています。教会堂には誰でも歓迎されて入ることができますが、神殿は最高の礼拝様式で、ふさわしいと認可された会員のみが入ることができる、最高の神聖さを保つ場所なのです。

モルモン教会はアメリカの教会ですか?

2008年4月1日 by · コメントする
Filed under: モルモンの信条 
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モルモン教会はアメリカの教会ですか?

リチャード・ホルザップフェルさんからのお答え 末日聖徒イエス・キリスト教会は1830年にアメリカ合衆国で設立されましたが、教会歴史にはさまざまな時期があって、19世紀後半の何十年かの発展を見ると、アメリカ以外に住んでいる末日聖徒(教会員の一般的呼称)の数の方が多いんですよ。現在、教会本部は米国ユタ州のソルトレークシティーにありますけど、そこを中心に米国外にある200以上の伝道本部、107カ国以上の言語に翻訳されたモルモン書の配布、世界中にある教育システム、そして米国外に建設された80の神殿などを見ても分かるように、世界的に著しい発展を遂げていて、本当のイエス・キリスト教会が回復されましたというメッセージを世界の隅々まで宣べ伝えています。 また教会の人道支援プログラムを通して世界の人々への援助は、宗教には関わりなく毎年増加しているんですよ。こうした歴史的動きは、イエス・キリストの教会が西暦最初の一世紀にユダヤで始まって以来、その世紀末までには聖地イスラエルで生まれたユダヤ人クリスチャンの宣教師たちの努力によって地中海諸国に伝播していったという教会発展の歴史と何ら違いはないわけです。

「教義と聖約」とは何ですか?

2008年3月29日 by · コメントする
Filed under: モルモンの信条, 教義と聖約, 現代の聖典 
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「教義と聖約」とは何ですか?

リチャード・ホルザップフェルさんからのお答え 末日聖徒イエス・キリスト教会の会員(教会員はモルモンまたは末日聖徒と呼ばれている)は、他のクリスチャン同様、旧約と新約聖書の両方を聖典として受け入れています。聖書に加えて、末日聖徒は「モルモン書」、「教義と聖約」、「高価な真珠」も正典として教会の標準聖典と考えています。「教義と聖約」が最初に出版されたのは1835年のことで、個々独立した合計138章の文書から成っています。これは時代順に編集されていて、1823年に始まって、1918年に及びます。これに加えて1890年と1978年に発表された教会の新しい方針が「公式宣言」として収録されていて、ジョセフ・スミス(1805年から44年)と彼を継承した教会大管長を通して与えられた啓示とかその他の霊感を受けた文書からの選集です。

モルモンは日曜礼拝をしますか?

モルモンは日曜礼拝をしますか?

リチャード・ホルザップフェルさんからのお答え 末日聖徒イエス・キリスト教会の会員(会員はモルモンまたは末日聖徒と呼ばれている)は、週の第一日目の日曜日を礼拝の日とする伝統的なクリスチャンの安息日を慣例として受け入れています。さらに教会員は、週日にも勉強、祈り、教会の集会や活動に参加するために集まります。 過去の権威的な情報がわずかなため、初期のクリスチャンが、週の第七日目に毎週集われていたユダヤ人の安息日を週の最初の日に移した確実な理由についてははっきりといえませんが、ほとんどの学者は、初期のクリスチャンが、神を礼拝しイエスの復活を記念して毎週皆が集まったという事実は肯定しています。結局、これになんら疑問を抱かないまま、4世紀から5世紀の間に、日曜日がクリスチャンの公式の安息日になりました。

なぜジョセフ・スミスは米国大統領選に立候補したのですか?

2008年3月29日 by · コメントする
Filed under: ジョセフ・スミス 
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なぜジョセフ・スミスは米国大統領選に立候補したのですか?

アーノルド・ガーさんからのお答え ミット・ロムニーが米国大統領選に立候補した最初のモルモンではないと聞いてびっくりする人がいますね。最初に立候補したのは、他ならぬ末日聖徒イエス・キリスト教会の設立者ジョセフ・スミスなんですよ。彼が立候補した動機というのは、1838年にミズーリ州がモルモン撲滅令を出した結果、モルモンはミズーリから追い出されて、持ってた土地や財産を皆喪失して、随分苦しい目に遭いました。それから後、末日聖徒は政府に個人の財産の賠償を願い出たんですが、政府はこれに対してなしのつぶてだったんです(注1:米国では独立戦争の時代から、個人の自由と財産という二つは切っても切れない要素なんです。言い換えると、財産というのは自由の一要素として考えています。こうした政治哲学と倫理観に基づいて建国された国ですから、20世紀を迎えるまではほとんどのアメリカ人は、貧富の差に関わらず、財産権の保護は政府の中心的役割と考えていたんです。政府は税金で財産の一部を取るけれど、その代わりに個人が財産を獲得する権利は政府が守らないといけないという考え方です。)というわけで、ジョセフ・スミスが大統領選に立候補した第一の動機というのは、ミズーリ州で末日聖徒がなめた不法な行為から彼の持てるあらゆる権限で末日聖徒を保護するためだったんです。

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