アイダホ州ポカテロ市の高台の様子

写真提供:ldsliving.com

新しい神殿が世界中のあちらこちらに点在するのを見るのは、心躍る思いがします。
地域によっては、神殿に参入するために、何キロも離れた場所へ何日もかけて旅をしなければならず、近くに神殿が建設されることを何年も待ちわびている教会員たちがいます。
神殿が近くにある喜びは、待つだけの価値がありますが、80年以上も待たされたらどうでしょうか?

1930年に立てられると約束された神殿

教会の指導者たちは、1930年代に次の神殿はアイダホに建設されるべきだと強く感じました。当時ボイシーのステーク会長会の顧問だったエズラ・タフト・ベンソン大管長は、アイダホ州の州都に神殿が建設されるべきであると強く感じました。そして、ヒーバー・J・グラント大管長は「いつの日かこの地域に神殿が建つでしょう」と約束されました(シェリー・デュー、エズラ・タフト・ベンソン)。

しかしながら大管長会は、アイダホの最初の神殿建設候補地として、当時人口が増え続けていて、商業や輸送の中心地であったポカテロを真剣に検討していました。ですがその当時、時代は世界大恐慌の真っ只中にあり、市はその打撃を受け、地方自治体はポカテロ西側の神殿建設予定地に電気、ガス、水道を供給する資金がありませんでした。

その頃に、アイダホ・フォールズの商工会議所は、ポカテロから北80.5キロにある一区画の土地を提示しました。この寄付を受け入れることが決定し、アイダホの最初の神殿は、アイダホ・フォールズに建設されることになりました。

その後の数年間ポカテロで起きた経済の災難は、神殿が建設されなかった「呪い」だと、地元の人々からは冗談を言われてきました。ボイシー、レックスバーグ、ツイン・フォールズ、そしてメリディアンに神殿が建設されることが発表された後でも、ポカテロに神殿が建てられる希望はまだありました。

ついに80年以上がたった後、モンソン大管長は2017年4月の総大会で、ポカテロに神殿が建設されることを発表しました。 神殿建設の鍬入れも、正式な建設場所もまだ決まっていませんが、80年以上の年月を経て、ポカテロに神殿が建てられます。

この記事はもともとKatie Lambertによって書かれ、ldsliving.comThe Temple that Has Taken More Than 80 Years (and Counting) To Break Groundの題名で投稿されました。

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スミス 寿子

スミス寿子さんは、横浜に生まれました。17歳のときに、ユタ州で一年交換留学生として過ごしました。その後、リックス・カレッジ(現在のBYUアイダホ)、BYUハワイで学び、最終的にBYUプロボで卒業しました。夫と4人の娘がいます。長女は大学生で、次女は神戸伝道部で伝道しました。三女は高校生、四女は幼稚園生です(2016年現在)。趣味は、編み物、料理です。
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