白の階段

総大会のお話:

家庭の夕べのためにより学ぶ時は2011年11月リアホナにあるD.トッド・クリストファーソン長老の「悔い改めという神の賜物」を参照してください。

メッセージ:

悔い改めとは、罪を捨てるだけでなく、従順であることを決意するという意味があります。(D.トッド・クリストファーソン長老、2011年11月リアホナ)

聖句:

思いと勢力と力を尽くして主に立ち返りなさい。だれの心をも悪いことを行うように惑わしてはならない。むしろ彼らのところに帰り、あなたの過ちと、あなたが行った悪事を認めなさい。(アルマ39:13)

レッスン:

(メモ:家に階段があれば階段を使って教えましょう。なければ階段の絵を描くか、写真を使います。)

家族に、階段の一番上に主が立っている場面を想像してもらいます。そしてモーセ6:57を一緒に読み、主のもとに返るためにわたしたちは何をすべきかを聞きます。悔い改めは階段とどう結びつけることができるでしょうか。悔い改めるにはどうのようなステップを踏む必要がありますか。家族にモーサヤ4:6-11を読み、悔い改めに必要なステップを考えてもらいます。そしてより主に近づくためにはそれぞれのステップがどのような助けになるかを話し合ってもらいます。

物語:

ジョーは過ちを起こしてしまいました。-彼はそれがとても大きな過ちであると気付いていました。そして今、皆がそのことを知ることになるのです。- 警察のおかげで。

「すみません」一人の警察官が訪ねて来ました。「金髪で、青の短パンに赤と青のストライプシャツを着た、6歳ぐらいの男の子に心当たりありませんか?」わたしはその時テレビを見ていた、当時6歳の、金髪で青の短パンに赤と青のストライプシャツを着ていたジョーに目を向けました。ジョーは警察官を見るなり、わっと泣き出しました。

「そんなつもりじゃなかったんだ!」彼は言いました。「刑務所に入れないで!」

明らかに、わたしが知っておくべき出来事でした。わたしは警察官に振り返り、言いました。「息子さんが車に向かって石を投げていました。」そしてこう続けました。「一台の車に当たってダメージを与えました。」わたしはジョーを見ました。彼は顎を震わせていました。涙をいっぱい貯めた目で見上げ頷きました。わたしはその時、彼を抱きしめるべきか、叱るべきかわかりませんでした。わたしは警察官に振り返り「どうしたらいいですか?」と尋ねました。「今回、車の所有者は告発しない意向です」と彼は言いました。「しかし、謝罪と、車の修理に協力して欲しいとのことです。」わたしは、公平なことだと思ったので同意しました。警察官は車の持ち主の住所をくれた後、ジョーに車に石を投げてはいけないと注意をし、帰って行きました。わたしは警察官が去った後、ジョーに再び注意をしました。いつもわたしの説教はとても長く、子供たちもそのことをわかっているのでもう車に石を投げて問題を起こす心配はしなくてよくなるでしょう。わたしはその車が古くて傷だらけのトラックであるよう心の中で願っていました。あいにく、わたしが目にしたのは美しい赤のシボレーカマロに一際目立つ傷とへこんだドアでした。車の持ち主の家の前に立つと、ジョーが「謝らなきゃだめ?」と尋ねました。「そうだよ」わたしは答えました。「でも何て言ったらいい?」「ごめんなさいって伝えるんだ」彼の謝罪は短く、緊張感の詰まった、そして誠実なものでした。その車の持ち主はジョーに、子どもは過ちを起こすことをよく理解しているということ、車に石を投げるのは良くないことであるということ、そして彼がジョーを許してくれたことを話してくれました。

ジョーにはひとつだけ理解できないことがありました。帰り道にジョーはこう尋ねました。「彼がわたしを許したのに、どうしてそれでもわたしたちがお金を払う必要があるの?」わたしはこう答えました。「なぜなら謝ったとしても彼の車の傷は直らないからだよ。そして車が傷を負ったのはわたしたちのせいだからだよ。」そしてわたしはこう彼に説明しました。「ごめんなさいと伝えることと、彼が謝罪を受け入れることで解決できるということではないんだよ」ジョーがこの意味を完全に理解できたかはわかりません。これは歳や経験を重ねたわたしたちにも完全に理解するには難しい概念です。許しと責任は互いに合い入れあえないことがあるということ、謝ることで赦されたとしても、自分の選びから生まれた結果から免れないことがあるということを、時折人は忘れてしまいます。わたしたちは申し訳なく思い、赦されると共に義務感を持つことができるのです。

その過ちが大きく、皆にそれが知れ渡ったとしても。

活動:

石鹸、小さな彫刻用具(ナイフ、棒、スプーンでも可)、を用意し、好きな形を選び(クマ、魚、亀、蝶々、フクロウなど)石鹸を使ってその形に彫ってみましょう。

 

この記事はもともとShauna Gibbyによって書かれ、ldsliving.comFHE:Repentence の題名で投稿されました。

日本語©2017 LDS Living, A Division of Deseret Book Company | Englsih ©2017 LDS Living, A Division of Deseret Book Company

 

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ヴィアロボス葵 鹿児島県、奄美大島出身。大学在学中カナダに1年間留学。帰国後卒業し、その後ユタ州に留学。知らない所に旅に出かけることが大好き。一番好きだった旅先はパリ、フッセン(南ドイツ)ロンドン。
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